「これくらいのこと、常識だろうが!」
「すみません」
すさまじい剣幕で怒鳴られ、返事する声が震えた。
「この企画に金を出すのはどこだ? クライアントだ! お前の金じゃない!」
「はい」
「この紙きれに書いたことが、人様の金を使ってすることかどうか、もう一度よく考え直せ!」
「はい……」
仕事モードの五代は、鬼だ。泣くのをこらえ、響子はにじんだマスカラを洗面所で直しながら誓った。
いじめてやる。いじめてやる。いじめぬいてやる。日曜日になったら覚えてろよ!
響子にとって休日とは、精一杯遊びつくさねば人生の損失につながる、宝石のように大切な時間なのだ。今思えば、そうやって味わってきた趣味やレジャーは、愛する無趣味男・五代を仕事からひっぺがし、充実した人生へと目覚めさせるための経験だったのだと思える。平日にがんばって休日に燃え尽きるなんて、本末転倒! ノーモア無気力! ノーモアユルユル人間!
まず最初に連れて行くことにしたのは、ゴルフだった。彼も接待でゴルフの経験はあるだろう。まず、その面白さに気づいてもらえれば……。
しかし、五代の無気力ぶりは半端なものではなかった。
「ちょっと! 来れないってどういうこと!?」
ばっちりゴルフウェアで決めてきた響子は、朝からケータイに向かって怒鳴ることになった。
『おれ、休日の朝は弱いんだ……もうちょっと寝かせて……』
毎朝始業30分前に出勤している男と同一人物とは思えない台詞。昨日、響子に向かって2分の遅刻を怒鳴りつけた彼の形相を思い出しながら、響子はカラオケでも滅多に出せない音域で怒鳴った。
「ばかっ!! 1時間以内に来なかったら、別れるからね!」
1時間17秒後、ボタンをかけ違えた服で走ってくる五代を見て、響子は深いため息をついた。
肩なんかハダけちゃって、まるでコントだ。
「ごめんよ、ゴルフウェアがなかなか見つからなくて……」
「もういいわよ。さっ、はじめましょ?」
そうだ、これくらいのことで怒ってはいけない。平日の彼と休日の彼は別人なのだ。その差を埋めていき、ハツラツと休日を楽しむ五代に生まれ変わらせることができるのは、自分だけなのだ。深呼吸をして気を取り直し、響子は最初のコースに向かった。
響子がゴルフをしていて何よりも楽しいのは、1打目だ。方向を見定め、力いっぱいフルスウィング。白球が青空を舞い、美しい放物線を描いて飛んでいく……。
「ナイスショット、響子」
「ありがと。次はあなたの番よ」
「おう!」
五代が爽やかだったのも、そこまでだった。打球は頼んでもいないのにスライスし、バンカーや池に吸い込まれていく。グリーンパットも外し放題。ついには手からスッポ抜けたクラブが、隣のホールに消えていった。経験者とは思えない有様を嘆く響子に、五代は力ない笑顔を浮かべた。
「ダメだなぁ。どうも、仕事じゃないと緊張感が出ないみたいで……」
次のパットを外したら私と結婚しなさい、くらい言わないとダメなのかなぁこの人は。眉を八の字に曲げて五代が繰り出したパットは、芝の目にさからってへび花火のようにふらつき、穴の横を通り過ぎて行った。
むしろ、そんな球を打つほうが難しいんじゃないの?
ダメだダメだ。違う方法を考えないと