仕事から離れすぎてもダメ、仕事に近すぎてもダメ。「五代に趣味を見つける」という響子の挑戦と挫折は、すでに十数回に達した。
響子は自分が今まで楽しんできた趣味をリストにして、眺めてみた。そのうちの半分近くにはすでに×印が付いていた。まあ、五代にスポーツが向いていないのはよくわかった。でも、だったら何が良いのか。文化的なもの? 小説とか……。あーダメだ。ぜったい企画書作る。フィギュアとか、テレビゲームとか……に、ハマったら、それはそれで困るよ。そうだ、逆の発想! 五代が好きになるものを探すのではなく、五代が好きなものを趣味にすれば良いのでは!? 今、私、良いこと言った! えっと、彼の好きなもの……仕事。ダメだ!!
しかし、そんな響子の苦悩も、ある日とつぜん解消されることになった。
日曜日からいそいそと見慣れぬカバンを持って出かける五代に声をかけると、彼はしれっとした顔でこう言ったのだ。
「ちょっと、新しく始めたことがあってさ。自分に合う趣味を見つけたんだ」
「そうなの!? な、なにそれ?」
「秘密」
ドアが閉じてゆくのを茫然と見つめ、響子は唇を噛んだ。なんだか負けた気分だ。自分がこれだけ手を尽くしたのに、当の本人のマイペースぶりときたら! そこまで考えて、はたと気づく。仕事モードのときは人を自分のペースに巻き込み、休日モードのときは人を置いてけぼりにして行ってしまう。テンポとやり方が違うだけで、彼はもともとマイペースな人間なのだ。
「……尾けよう」
せめて、彼の心を動かした趣味の正体を見届けなければ! でなければ、今までの趣味をわざわざリストにして、あれこれ悩んでいた自分に申し訳が立たない! あんなにたくさんの趣味に付き合わせたのに……正解は何だったんですか五代さん!
自転車に飛び乗り、彼を追う。カバンをたずさえた彼が入っていった建物は公民館だ。3階の和室に消えていったのを確認し、ドアのすき間から五代の姿を探した。
そこで発見したのは、和装に身を包んだ五代の姿だった。彼は赤い花を見てウットリしている。
うわっ、華道?
似合わねー!
叫びそうになったが、なんとかこらえる。それにしても、和装の五代なんて初めて見た。髪の毛なんて栗色のくせに不思議と和装に調和していて、どこか凛としたたたずまいだ。真剣なまなざしで花を見つめ、はさみを入れる……。仕事モードのようにギラギラした雰囲気も、休日モードのようにノホホンとした雰囲気も、そこにはなかった。ぴんと張りつめた空間と、心地よい静寂が場を満たしている。
彼の姿に見とれている自分に気づき、響子はそっとドアから体を離した。とりあえず、趣味が見つかって喜ぶべきなのだろう。なのに、どうしても素直に喜べない。
彼のことを、自分はまったくわかっていないのかもしれない。ネズミ色の雲が広がっていくようなイヤな予感が、ゆっくりと響子の全身を包み込んでいった。