村越はいつになく真剣なまなざしでテレビをにらんでいた。
妻のヨシコは村越の前にお茶を置きつつ、さりげなく、村越が何を見ているのかのぞいてみた。
『動くんじゃねぇぞ! てめえが立ち上がるより前に、この拳銃が火を吹くぜ』
『どうかな? やってみるといい。俺の名前が早撃ちマウスってことを知ってもなおやるのなら、な』
西部劇だ。
「あなた、こういう映画はお好きじゃなかったでしょう?」
「……仕方ないだろう。マナミの相手が、カウボーイなんだから」
テレビから視線を外さないまま、村越がうなっている。ふと横を見れば、レンタルビデオショップから借りてきたのだろう、積まれた西部劇のビデオで山ができていた。
「ムスコーさん、悪い人じゃないみたいだし、良かったんじゃない?」
「どうかなぁ。調べた限り、悪党とそう変わらないような気がするんだよなぁ。銃で人を撃つのは一緒みたいだし」
「それは映画の話。もう、これからムスコーさんとふたりでお食事なんだから。百聞は一見にしかず、でしょう? しっかりしてくださいね」
「お前はいいな、いつも気楽で……俺は気が気でならんよ」
ため息をつきながら、村越は腰を上げてジャケットを羽織った。
ビデオの向こうでは、悪党たちから町長の娘を奪還した早撃ちマウスが、娘を馬の背に乗せたまま、なぜか町に戻ることなく、新天地へと走り去ってゆくところだった。
村越とふたりきりで話したい、と提案したのはムスコーからだった。
なにしろ相手は、和風趣味で国語教師の村越だ。自分を理解してもらうためには、男同士、腹を割ったコミュニケーションをとっておくべきだ、と。その提案には村越も賛成であるものの、若干の緊張は否めない。駅前で待ち合わせ、肩を並べて予約している寿司屋へと向かいながら、村越はちらとムスコーの横顔を眺めた。
彫りが深く、端正な顔立ちだ。マナミが惚れるのもうなずける、非の打ち所のない好青年といえるだろう。……派手なカウボーイルックに身を包んでいなければ。
「ムスコーくん、今日はなんでも好きなものを頼みなさい。楽しい時間にしようじゃないか」
「ハイ。ソレデハオジャマイタシマス」
いまいち噛み合っていない会話を交わし、ふたりともあいまいな笑顔を浮かべた。
行きつけの寿司屋に到着し、カウンターに腰を下ろす。
「へいらっしゃい」
「エー、ホンジツハ、オヒガラモヨク……」
ふかぶかとお辞儀するムスコー。寿司屋がぽかんとした顔で村越をうかがう。
「ああ、気にしないで注文とってやってくれ」
「へい。えっと、今日は何にいたしやしょう」
「ハイ。オジョウサンヲボクニクダサイ」
ムスコーくん、それは私に言う台詞じゃないのか。袖の下に隠されているアンチョコをつまみとってやりたい衝動に駆られつつも、村越はなるたけ穏やかな口調で寿司屋にお品書きを持ってこさせた。
結局、その一夜で村越が理解できたことといえば、ムスコーの日本語能力はアンチョコ以外のことになるとてんでダメ、ということくらいだった。もっとも、村越が西部劇で覚えた英語もまったく通じなかったのだが。
身ぶり手ぶりでコミュニケーションを図ったが、酒の酔いも手伝って意思疎通はままならず、ムスコーが描き散らしたマナミの似顔絵を何枚か持って帰ってくるに留まった。
「まあ、なんだ。似顔絵が得意だということはよくわかった」
「なんですかそれは。収穫なしってことじゃないですか」
ヨシコが煎れてくれた緑茶をすすり、村越は腕を組んでうなだれた。
「やっぱり会話が成り立たないのはまずいでしょう。英語の奈良草先生に授業してもらったら?」
「頼んでみたんだけどな。読み書きは得意なんだが、英会話となるとダメみたいだ。なんか手もプルプル震えてたし、ちょっと当てにはできそうにない。そこで、だ」
通勤カバンから村越が出してきたチラシを見て、ヨシコは小さく「あ」と声を上げた。
「近所で英会話教室やってるんだってな。これ、駅前で配ってた」
「そこ、オススメよ。先生の教え方がいいの。……その、私も今通ってて」
ヨシコがハンドバッグを探り、同じチラシを取り出す。
「なんだ。やっぱり俺たち、夫婦だな」
村越は苦笑しつつ、電話機を手元に引き寄せた。楽天的に見えた妻だったが、村越同様、やっぱり不安だったのだ。