「どうだ、調子は?」
真司はやさしい口調で奈々枝に声をかけた。
奈々枝が講習を受け始めて5ヶ月になるが、最近少し様子がおかしい。
毎日遅くまで起きて書類とにらめっこし、真司や春香が話しかけても上の空でいることが多い。
「……無理かもしれない」
ぽつりと奈々枝が呟いた。
「無理って、講習に通うのがか? そんなに大変なのか」
「ううん、講習は楽しいよ。でも、ここのところずっと、模擬ウェディングの会場に行って現場の人の仕事ぶりを見せてもらってるんだけど、私が想像してたよりずっと大変な仕事だってわかって……」
「投げ出したくなった?」
それでも不安が消えない。
最初は、たかが模擬ウェディングなんだから、と軽く考えていた。
しかし、現場で働く人たちの、新郎新婦の一生に一度を演出するんだという真剣さに打ちのめされた。
自分がいかに甘い考えでいたのかを、突きつけられた。
「そんなこと……できるわけないよ。私は代表者なんだから、しっかりしなきゃ。それじゃ行ってくるね」
奈々枝は泣いているようにも見える笑顔で、家を出た。
もう模擬ウェディングは間近に迫っている。
式の台本はほぼ完璧に仕上がっているし、今のところ他のコースの生徒たちともうまくやれている。
「どうしたの、ななちゃん。顔色、悪くない?」
教室に入ってすぐに、ゆうながとなりに来て言った。
「うん……なんでもない」
「はい、みんな座って」
今日が最後の特別授業になる陽子が、教室に入ってきた。
「今日で私の授業は最後になるわけだけど、奈々枝さん、模擬ウェディングの進み具合はどうかしら?」
いつもどおりの、明るい口調で陽子が言う。
今の奈々枝にとっては、その明るさが苦しかった。
「……できません」
「え?」
奈々枝の呟きに、陽子は驚いて聞き返した。
「私にはできません!」
勢いよく席を立ち、教室の外に走り出る奈々枝。
教室の中は唖然とした雰囲気で静まり返った。
奈々枝はスクールのあるビルのラウンジで、ソファーに座って泣いていた。
「はい」
肩を震わせる奈々枝の目の前に、紙コップに入ったコーヒーが差し出された。奈々枝が顔を上げると、そこには優しく微笑む陽子がいた。
「ごめん、ゆうな。もう大丈夫だから」
「みんなも心配してるよ。ななちゃんはひとりで頑張りすぎるから。もっと、みんなに手伝ってもらっていいのに」
ゆうなの言葉に顔を上げると、奈々枝のクラスの女の子たちがみんな、ラウンジに集まってきていた。
「奈々枝さん。あなた、自分は年上だからって気を張りすぎたのね。もっとみんなに頼りなさい。あなたひとりの式じゃないんだから」
涙が止まらない奈々枝の背中をさすりながら、陽子が言った。
「ごめん、みんな。私、自分がやらなきゃって……そうだよね、私ひとりでやってることじゃないんだよね」
「わかったなら、それでいいのよ。私の最後の授業は、これでお終い。あとは本番を待つだけね」
奈々枝の背中をぽんと叩き、陽子は笑顔で歩いていった。
なんで陽子は、あんなに自信にあふれているのか。奈々枝は陽子がうらやましかった。