迎えた模擬ウェディング当日、式場のスタッフルームは大騒ぎになっていた。
「新郎新婦役が来ないってどういうこと?」
顔面蒼白になった奈々枝が叫んだ。
「急に体調が悪くなったって連絡があったんだけど……」
消えそうな小声でゆうなが言った。
「そんな……今から代わりなんて……リハーサルもできてないし、どうすればいいの?」
奈々枝はその場に座り込みそうになりながら、頭を抱えた。
「私が代役になるわ」
それまで黙っていた陽子が、毅然とした口調で言った。
「陽子さんが? でも相手役は?」
「大丈夫、この式場には知り合いがいるから、なんとかしてみる。あなたたちは、予定通り式の準備を進めて」
「いいんですか、陽子さん」
「いいのよ。一生に一度はウェディングドレスを着てみたいと思うのが、女の夢でしょ」
にっこりと笑って、陽子はスタッフルームを出て行った。
「じゃ、じゃあみんな、陽子さんを信じて準備を進めよう!」
あわただしく動き始める奈々枝たち。綿密なリハーサルを重ねていたおかげで、準備は順調に進んだ。
そしていよいよ、みんなが受け持ちの場所につき、チャペルの扉が開く。
牧師の前に立つ、黒のタキシードを着た優しそうな男。おそらく陽子が手配してくれた人だろう。
その男が振り返ると、眩しい日差しを背中に浴びて、純白のウェディングドレスに身を包んだ陽子が、ゆっくりとバージンロードを歩いてくる。
陽子の横には年配の男がいて、陽子をエスコートしてきた。
タキシードの男の横に並んだ陽子は神の前で愛を誓い、誓いの書にサインをし、奈々枝たちが用意していたのとは違う指輪で、指輪の交換を行った。
そして……誓いのキス。
「え? うそ……」
目の前で、タキシードの男とキスをする陽子の姿に、奈々枝は驚いた。模擬ウェディングでは、ここまでする予定はなかったはずだ。
周りを見回すと、みんな心からの笑顔で拍手を送っている。
狐につままれたような気分だったが、奈々枝はなんとか滞りなく式を進め、無事に陽子の模擬ウェディングを終えることができた。
ようやく肩の荷が下り、みんなと成功を喜び合った帰り道、奈々枝は陽子に呼び止められた。
「ありがとう、奈々枝さん」
明るい笑顔で言う陽子。
「陽子さん……あれってもしかして、本当の?」
まだ戸惑いを隠せずにいる奈々枝。
「ええ、あなたにだけ内緒にしてたけど、あれは私の本当の結婚式よ」
陽子は少し申し訳なさそうに、でもうれしそうな顔をしている。
「やっぱり……! でもどうして?」
「あなたの初めてのお客さんになりたかったから。4年前のあなたが、私にとってそうだったように」
「それじゃ、私たちの結婚式のときって、陽子さんの初めての仕事だったんですか?」
「ええ。あの式のあと、あなたが私に最高の結婚式でした、って言ってくれたでしょう? あれがあったおかげで、私はこの仕事を続ける決心ができたの。実を言えば、昨日までのあなたのように、私も不安とプレッシャーでいっぱいだったから」
懐かしそうに語る陽子。
「だから今度は、私があなたに言いたかったの。奈々枝さん、最高の結婚式をありがとう」
「陽子さん……」
奈々枝はあふれ出る涙を止められない。
「あなたなら、素敵なブライダルコーディネーターになれるわ」
奈々枝の肩を抱きながら、陽子が言った。
ただうなずくことしかできない奈々枝。
そんなふたりの背後で、6月の晴れ渡った空に、チャペルの鐘の音が響き渡った……。