 |
|
 |
|
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
|
1946年生まれ
武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
国立ベルリン美術大学(現・ベルリン芸術大学)卒業
'70年武蔵野美術大学卒卒業後渡独、国立ベルリン美術大学に進む。同大学マイスタークラス修了後、ドイツを中心に作品を発表、'84年帰国。秋山画廊(東京)、鎌倉画廊(東京)、宮城県美術館、目黒区美術館などで作品を発表。'86─'00年武蔵野美術大学造形学部油絵学科非常勤講師。'86─'05年基礎デザイン学科非常勤講師。当通信教育課程には開設時より教科書や学習指導書の執筆等で参加。 |
|
絵画を出発点に芸術の世界に入り、次第にその奥深さに魅了され、大学卒業後ドイツに留学。活動の分野を、インスタレーションやパフォーマンスといった現代アートにも幅を広げてきた小野教授。
「作家というのは迷ったり、疑問を持ったりと、あちこちの壁にぶつかりながら表現の道を探り見つけていくものです。ドイツ語に『Ausgangspunkt(出発点)』という言葉がありますが、語源は『出口の点』という意味です。つまり出発というのはゼロから始まるのではなく、各人がそれまでぶつかってきた、さまざまな壁を抜けてきたところから始まるのだという意味です。ボクらが通信教育で教えていこうとしているのは、作家であり、教員でもあるボクらが、アートの世界で経てきたこうした経験を伝えていくこと。そして、年齢やキャリアの幅が広い一人ひとりに対して、持っている疑問や、その人が『アート』のどのレベルにいて、どういう道を示してあげれば伸びていくかをアドバイスすることです。通信教育というのは課題作品を介して、一人ひとりの学生とじっくり向かい合えますから、それが可能なのです」。
小野教授は、通信教育課程の教科書や学習指導書の執筆に、最初から関わってきた一人だ。
「アートは、想像以上に広くて深くて、複雑なものです。表現が成り立つ構造も重層的です。そうしたアートを楽しむために、課題を通して理解できるような指導法を、作家であるボクらが作り上げた。それがここで使用している教科書であり作品課題です。まずは課題に真剣に向き合って、ボクらが意図するものを読み取って欲しい。それが表現を通して自分の世界を広げるための大きな入り口になるはずです」。
「例えば絵画コースでは、絵画の授業は7段階に分かれています。テーマの捉え方を段階を追って身につけながら、最後の卒業制作に向かっていきます。卒業制作では、それまでの自分を振り返り、自分は何を表現したいのか、何をなそうとしているのかを見つけなくてはいけません。多くの学生はここでかなり苦しむのですが、ボクら教員陣は、そうした一人ひとりに関わり対話しながら、ヒントを与えていく。そうして仕上げた2枚の100号の絵は、学生たちにとって大変な宝物になるはずです。ボクらの仕事は、学生たちの世界を広げる手伝いをすることなのです」。 |
|
|
|
 |
|
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
|
1951年新潟県生まれ
武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科卒業
1985年から本格的にオペラ、バレエ等の舞台美術及びイベント等のセットデザイン、ブースデザインに携わる。1990年からは総合美術研究所を拠点に商業施設、テーマパーク等の開発・設計に携わる。主な仕事として、オペラコンチェルタンテ全25作品、オペラ「後宮よりの逃走」「愛の妙薬」等、バレエ「白鳥の湖」「眠れる森の美女」他、ロッテワールド東京の設計支援(デザイン、アートディレクション)、東京モーターショー日産ブース(プランニング、デザイン)他。1995年文化庁芸術祭大賞(「ヒンデミット三部作」作品賞/美術担当)、2002年ディスプレイ産業大賞(第34回東京モーターショー日産ブース)。 |
|
スペースデザインコースは、空間を魅力的にプランニングすることを学ぶ領域だ。それは建築的なアプローチよりも、もっと自由でもっと積極的な表現だと、牧野教授は語ってくれた。
「建築も空間を扱いますが、『暮らす』ということを基点に発想していきます。つまりそこに住んだり時間を過ごしたりする人にとっての、快適な空間づくりが最も大切なテーマになります。一方、私たちが取り組んでいるスペースデザインは、その空間に『意味』を持たせようということを考えます。空間の目的と意味を考え、それを表現していくのです」と牧野教授は言う。
そんな牧野教授の専門分野は、演劇やオペラなどの舞台美術の世界。空間に「意味」を持たせることの一番濃い部分を集めたのが舞台美術かもしれないと笑う。
「スペースデザインの世界はとても自由なものです。それは非日常を表現したものでも、たとえば『安らぎ』というような意味を与えたものでも良い。目的にふさわしい意味を見いだし、表現に落としていく。一番大切なのは、コンセプト(概念)を形づくれる能力です」。
牧野教授は、この能力を身につけるためのステップとして大事なのが「観察と想像」だと言う。
「造形全般に言えることでもありますが、『観察と想像』はスペースデザインにはとても大切です。1・2年次に取り組む『インテリアデザイン』の授業では、学生が住む各地域で空間について調査してもらうことにしています。空間というのは水や空気のようなもので、建物が崩れていたり壁が破れているなど、ほころびがあると目立つのですが、きちんと成り立っているとあまり意識しないものです。ただ、なんとなく落ち着くなとか、なんとなくセンスが良いなと感じはするわけです。こうした『感覚』を、デザインサーベイ(調査)を通してしっかりと意識し分析してもらう。さらにゆくゆくは、その発表を各地域のギャラリーなどで行って、卒業生や街の人にも関わってもらいながら、刺激の場を広げていきたいと考えています」。
学生たちは、課題とスクーリングを通して、空間の意味を感じ取ることから始め、やがてその演出性を身につけ造形に昇華させる力を身につけていく。
「スペースデザインは、建築に近いところから、意味の濃い舞台芸術まで、非常に幅広く、深さも深い領域です。その幅を学ぶだけでも4年間では短く限界があるのですが、ただ、少なくとも演出性を嗅ぎとる力と表現に落とすという入り口は身につけてもらいたい。学生には建築家もいれば、華道の先生もいますが、一人ひとりに課題感をヒアリングして、個別に勉強会を開いたり、電話やメール、そして私のWebサイトも使いながら、しっかりとフォローしています。スペースデザインは、とても自由で、自分たちが作り上げていける比較的新しいジャンルです。空間に意味を見いだし、ふさわしいコンセプトを考え、それを造形に表現する。この基本となる力を一緒に磨いていきたいと思います」。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
|
1953年生まれ
武蔵野美術短期大学生活デザイン学科卒業
武蔵野美術大学大学院造形研究科デザイン専攻基礎デザインコース修了
学生時代より美術系雑誌の編集に関わり、卒業後は総合企画プロデュース会社、編集プロダクションなどで出版編集に携わる。'85年〜'10年、企画編集制作会社(株)オム取締役。'91年〜'01年、武蔵野美術大学短期大学部生活デザイン学科非常勤講師、「デザイン論演習1C」等を担当。'02年〜'10年3月、武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『デザインリサーチ』('02年、共著、武蔵野美術大学出版局)、『教養としての編集』('09年、共著、武蔵野美術大学出版局)。 |
|
芸術文化学科の造形研究コースは、美術やデザイン、建築をはじめとした、自分を取り巻く造形というものの成り立ちや理論を学ぶことで、自分自身を再発見することをその狙いの一つとしている。田村教授は、その入り口として、「考現学」を取り入れた「デザインリサーチI」という科目の説明をしてくれた。
「今 和次郎が始めた『考現学』が広く世の中に知られるようになったのは、大正末期に、文化発信拠点であった銀座を調査した「東京銀座街風俗記録」などが注目を集めたことがきっかけです。彼は銀座という流行の最先端の場所で、ある時間にいた男女の割合や年齢、服装などを細かく調べて震災後の都市生活者の姿を描いてみせました。こうした観察記録の方法が生活学会や80年代の『路上観察学』などにつながっているわけなんですが、彼は権威にとらわれず、自由な発想で現代というものを表現しようとした第一人者と言えます」。
デザインリサーチIは、日常の生活風景の調査記録や、人の生態観察記録を行うことを通して、芸術や文化とは何かについてとらえ返してもらいたい科目だと、田村教授は言う。「日本人の清潔・不潔観」「伝統的な日本らしさと現代が生み出す『日本らしさ』の調査」といった大テーマの課題が出され、学生たちは自分のテーマを見つけて日常のことを調査し、まとめ、発表する。
「学校のゴミ箱の中を調べて分類してきた学生もいました。毎回の食事の写真を撮って、材料の産地をまとめた学生もいます。和食のはずなのに素材は海外産。これは日本的なものか、そうではないのか、よくわからなくなってくる。このように、これまでの見方をちょっと外すとまったく違って見える。それが面白い。Aという世の中の常識と言われる見方や考え方を一度疑ってみて、別のBという見方はないのかを考え、調べ、納得し、人に伝える。これが文化というものを自分の言葉で考える、ということなんですね」。
田村教授は、芸術や文化を考える発想はもっと自由でいいという。
「何が芸術なのか。それは自分自身の中にあるんです。見つけたことや気づいたことを、面白いと思う自分に気づけるかどうか。造形研究コースが担っているのは、学生一人ひとりの心の中にあるものを引き出してあげるという役割です」。
通信教育で学ぼうという学生は、それまでの自分自身の何かを切り替える、チャンスに期待している人が多いと、田村教授は言う。
「日常は教科書や文献講読を通して学んでいく通信教育ですが、独学とは違い自分を『鍛える』ことができます。『鍛える』ということは他人に触れながら考え方を深めていくということです。その過程で自分は何を他人に表現したいのか確認し、修正していくのです。その重要な役割を持つのが課題やスクーリング、そしてWebを利用したコミュニケーション。私たちはこれらの機会を最大限に有効活用して、一人ひとりに対応しフォローしています。学び成長しようという学生にチャンスを与え、それをしっかりサポートしていくことが私たちの仕事です」。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
|
1959年神奈川県生まれ
武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業
広告制作会社(株)アイドマにて、アドバタイジングデザイン、キャラクターデザイン等の制作に携わった後、フリーデザイナーとなる。在学中に障害者の社会参画活動やワークショップなどに携わったことでコミュニケーションデザインの存在に気づき、多摩川に市民主催の遊び場を立ち上げ、子ども・子育て支援と環境教育を軸に、産官学民のコラボレーションに取り組んでいる。主な仕事に、警視庁マスコットキャラクター「ピーポくん」、鳥取県マスコットキャラクター「トリピー」、住友銀行、東京電力などの広告制作がある。 |
|
コミュニケーションデザインコースは、「グラフィックデザイン」「メディアデザイン」、そして「コミュニケーションデザイン」という3つの柱を中心にして、社会に情報を発信できる力を育成しようとしている。上原教授は、中でも「コミュニケーションデザイン」の専門家だ。
「これまでの『情報を伝える』という考え方の中では、発信する側(企業など)と受け手(消費者)という一方通行の構図でした。コミュニケーションデザインというのはそうではなく、発信する側と受け手側が情報を共感共有しながら、相互に作用し合っていく仕組みづくりです。言いっぱなしではなく、情報を渡すことで『何か』が始まり、それがどんどん循環していく。そんな企画を考え、実行していくのです」。
例えば上原教授が主催している「砧・多摩川あそび村」は、小さな取り組みが広がり、行政との恊働に発展した遊び場だ。そのモデルとなったプレーパーク(冒険あそび場)は、30年前ほど前に、ある建築家夫妻がデンマークで目にした子どもたちの遊び場に刺激を受け、日本でもこうした子どもたちの居場所をつくろうという活動から始まった。賛同した地域の人々や行政を巻き込みながら活動を広げ、現在では250カ所以上でこのような遊び場が誕生している。
「情報を発信して周囲の賛同を得るには、より丁寧なコミュニケーション力が必要です。それはテクニックではなく、生きたコミュニケーションになっているかどうかが重要な点です。そのためには自身が参加してその意義を実感することです。伝わる力が強ければ、人から人へとつながり、さらに大きなうねりへとつなげることができるのです」。
3年次に必修の、コミュニケーション研究Iのスクーリングでは、グループで「取材」を行う。「自分がそこで何を感じて、それを何で、どうやって伝えていくかを考える。体験し、取材し、情報を発信する必然性を肌で理解することが大切なのです。そして、4年次のコミュニケーション研究IIでは、自分の地域を取材し、テーマを見つけ、参加型の展覧会を企画・開催することになります」。
卒業制作でシャッター商店街の活性化に取り組んだ学生は、商店街の人々や小学校を巻き込んでワークショップを行い、それらを元に制作した地域教材は、情報文化学会から表彰されたという。
「コミュニケーションデザインは、いわば『生きたデザイン』です。社会生活と深く関わり、人々と関わりながら、ワークショップやメディアを駆使し、いかに伝えていくかを考える。現在はネットで手軽にさまざまな情報を発信できるようになりましたが、その多くは日記のようなものにすぎません。そこから一歩進んで、自分の考えたことに共感してもらい、人とつながりながら企画・実践して行くという経験を積んでもらいたい。それがコミュニケーションデザインの力を養うことです」。 |
|
|
 |
 |
 |
| 通信教育という形で、造形芸術に興味を持つ多くの人に学んでほしいという武蔵野美術大学の熱意が、学生とのコミュニケーションの濃さに表れている。評価されることで個人の感性が磨かれ、他の人の感性と交わることでさらに大きな広がりを見せていく。美術・デザインの学び方を通信教育の仕組みと見事に適合させているところに50年の歴史を感じた。 |
|
 |
 |
|