大学・大学院入試 過去問題&受験準備室

大学院の入試問題ってどんな感じなの?という皆さんのために、実際の過去問と解答のポイントを紹介するこのコーナー。今回は、「国際関係研究科」「国際経済学専攻」「国際政治学専攻」、「公共政策大学院(の国際関係にかかわるコース)」などの国際関係分野の大学院の専門科目をピックアップ。実際の過去問を見ると、その幅広い出題範囲に圧倒される人もいるそうですが…さて、効果的な攻略法は?
第8回 今回のテーマ:
国際関係系の専門科目編

専門科目問題例(東京大学大学院総合文化研究科修士課程「人間の安全保障」プログラム<2008年度>)

問題

第2問 選択問題の3

国際刑事裁判所(ICC)の可能性を論じなさい」

解説 ポイントをチェック

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「問題」の中で、色のついた文字にカーソルをあわせると、ここだけの解説ポイントが読めます。

 今回ピックアップした問題は、6つの問題から1問を選んで解答する選択問題。ちなみに、例題以外には「言論のポジショナリティ」「自然資源の有効利用」「民主化と法の支配」「移民の人権」「『欠乏からの自由』を主眼とした『人間の安全保障』政策」といったテーマの問題が並ぶ。いずれも国際的な観点から論じさせる点では共通しているが、テーマ自体は、法、環境、思想・哲学まで非常に幅広い。受験生はついひるんでしまいがちだが、これらの分野をすべて網羅するのはもともと無理な話。この中で2問解答できる問題があれば十分だと考えていい。試験対策の際も、やみくもにすべての分野の知識を深めようとするのではなく、「日本に関係すること」「1〜2年前のトピック(新し過ぎる問題は出題されにくい)」、さらに自分の研究したい分野、志望校の過去問でよく出題されている分野を中心に勉強するのがいいだろう。
 また、例題のようなシンプルな問題文の場合、論旨の展開の仕方にはいくつかオプションがある。もちろん、ただ一つの正解があるわけではないので、論旨を自分の得意分野の方向に持っていくのもOKだが、できれば、受験する研究科やコース、プログラムの趣旨に沿って論じるのがベター(例題の場合は「人間の安全保障」)。
 さらに、対立した意見を踏まえて自分の意見を述べるという論文の基本は必ず押さえておくこと。その意味では、そのテーマに関してどのような議論がされているかをしっかり理解しておくことが大切になる。

解答

【解答例】
 2002年に60か国の批准を得てローマ規程が発効し、ICCが発足した。締約国は次第に増え(日本も2007年10月に加入)、今ではその数は100以上である。自国民の利益の保護を優先するアメリカや国内に人権問題を抱える中国といった大国が参加していないため未だ完全にグローバルな機関ではなく、またいわゆる補完性の原則に従っており独自の判断に基づいて自由に活動することができるわけではないが、現在まで、コンゴ民主共和国や中央アフリカ、スーダンなどでの紛争や内戦の際に為された「人道に対する罪」や「集団殺害罪」の捜査や訴追を実施し、着実に実績を挙げてきている。
 人間の安全保障の観点から見ても、ICCが設立されたことの意義は大きい。第二次大戦後の国際社会は国家主権の侵害を抑止し処罰することを通じて国際の平和と安全を実現することを目指してきたが、冷戦終結後の新たな状況(カルドーの言う「新しい戦争」の頻発など)は、国家安全保障の副次的所産として間接的に人間の安全がもたらされるという考え方の不適切さを明らかにし、直接人間の安全を保障するための手段の確立を要請するものである。ローマ規程には集団殺害罪、人道に対する罪、重大な戦争犯罪などに関する条項が含まれており、ICCはそうした犯罪の発生を防止するという仕方で、人間の安全保障、人権の実効的な保障に貢献すると考えられる。個人の刑事犯罪を裁くという点、犯罪実行地国の同意があれば(被疑者国籍国の同意なしに)管轄権の行使が可能であるという点は画期的であり、不処罰から責任追及へという重大犯罪に対する国際社会の姿勢の変化、民法に近い構造を持つと言われてきた国際法の方向転換を示している。旧ユーゴ国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷(ICTY、ICTR)が特定の地域で起きた紛争や事件に関わるアド・ホックなものであったのとは異なって、常設の機関である点も重要である。こうした特徴を持つICCの設立により、これまで国連安保理のような政治的機関や大国にその安全を委ねてきた国際社会に「法の支配」という新たな原理が導入され、普遍的正義の実現を介した安全保障の一層の発展と深化が可能になると考えられる。
 もっとも、既存の制度との関係の調整が必要であることは言うまでもない。ICTYやICTRは安保理決議によって設置されたものであり、他の国際刑事裁判機関と同様、安保理の意思に依存していた。確固とした政治的基盤の存在は裁判の実効性を高めたが、司法の独立性に対する疑念を抱かせたことも事実である。この点では、多数国間条約に基づいて設置されたICCは政治的機関からの影響を遮断しうるのであって(安保理の付託により裁判が開始することもあるが、それ以外の場合もある)、独立の司法機関による安全保障措置の実施という見方は正当なものである。しかし、実際に紛争地域で和平交渉が進められているような場合には、「法の支配」が安全保障という目的を達成するための一つの手段に過ぎないことが改めて明らかになるのであり、安保理こそが国際の平和と安全の維持という任務に対して主たる責任を負っていることが確認され、ICCによる捜査や訴追は停止させられることになる(とはいえ、これは一時的な措置であって、被告人の刑事責任が永久に追及されなくなるわけではないが)。少なくとも当面の間は、安全保障分野における政治的機関の優位は揺るがないと考えられる。
 急を要する課題は、世界の警察官として各地の紛争や内戦に積極的に関与しているアメリカをいかにICCの枠組みに取り込むかということである。アメリカが、外国での安全保障活動に従事する自国兵士による不法行為(非戦闘員の殺傷など)に対する責任追及を回避するため、非協力の場合には援助の停止も辞さないといった姿勢を示しつつ、途上締約国に対して、アメリカの承認なくして自国民をICCに引き渡さないという内容の二国間条約の締結を迫ることが多くなっており、これがICCの有名無実化をもたらす措置であると批判されている。だが、グローバルな軍事力を保持する唯一の国家として、アメリカがそうした条約を締結した国々の平和と安全の維持に責任を負い、国際的な安全保障の実現に他国には不可能な貢献を行っていることもまた否定できない事実であり、アメリカの政策を国際法違反だとして非難するのは必ずしも適切なことではない。
 グローバルな安全保障を達成するための手段の一つとしてのICCには、同じ目的を異なった仕方で追求している政治的機関や大国との協調を図りつつ自らの任務を果たすことが求められていると言えよう。

(協力 by 河合塾KALS http://www.kals.jp/kouza/daigakuin/ )