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武蔵野美術大学 造形学部通信教育課程
ひとつの作品に対して2時間以上向き合うことも。ムサビ通信の作品添削、その舞台裏。
三浦 明範 教授
1953年秋田県生まれ
東京学芸大学教育学部特別教科教員養成課程美術科専攻卒業。
文化庁派遣芸術家国内研修員。文化庁派遣芸術家在外研修員(ベルギー)。「春陽展」、「東京セントラル油絵大賞展」、「昭和会展」、「安井賞展」、「具象絵画ビエンナーレ」、「両洋の眼・現代の絵画展」、「北京ビエンナーレ」、“Lineart”(ゲント)、“KunstRAI”(アムステルダム)、“Hedendaags Realisme”(アントワープ)などに出品。その他個展、グループ展など多数。
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作品を通して学生と教員が真剣に向き合う添削の現場
ムサビ通信で学ぶ学生たちの作品が集まってくるのは、吉祥寺キャンパス。郵送や持込によって提出された作品は、ここで多くの教員たちによって添削されることとなる。添削するフロアに私たちは案内され、足を踏み入れた途端に感じる、ピンと張りつめた空気。この日は絵画やデッサンなど実技科目を担当する教員20名ほどが、目の前の壁に提出作品を掲示して添削を行っていた。

添削風景を間近で見せてもらった。課題作品のサムネイルが印刷された指導用紙に、裏面までぎっしりとコメントを書き綴る教員もいれば、腕を組んだままじっと作品を見つめる教員、ノートパソコンにコメントを打ち込んでいる教員もいる。隣のブースでは、複数の教員がひとつの作品を前に議論していたり、構図を検証するために自らデッサンを描いて解説コメントを記入している教員もいたりと、添削のスタイルにも各教員の個性が表れていた。どの教員も作品に対する集中力は非常に高く、添削指導のフロアは独特の緊張感に包まれていた。
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作品は学生の自己表現。その内面とじっくりと向き合う
この舞台裏を覗いて何よりも驚いたのは、ひとつの作品添削にかける時間の長さだ。教員たちの横には次々に届く提出作品が積み重なっているが、それをただ“片付ける”ように添削する教員などひとりもおらず、じっくりと目前の作品と対峙していた。油絵学科の専任教員である三浦教授は、添削にかける時間が長くなるのは当然であると言う。
「作品一点に2時間以上かけることだってありますよ。絵画に限らず、美術って簡単に言葉で語れるものではありませんよね。絵を描く、というのは自分の内面を表現することですから、描いた人の内面に入り込んでいかなければ、作品を評価する的確な言葉は出てこないわけです。だから当然、学生ひとりに向き合う時間は長くなります」。(三浦明範教授・以下同)

このとき学生の内面に迫るひとつのヒントとなるのが、過去に提出された作品データだ。提出された作品はスタッフが写真撮影を行い、すべて学生ごとにデータベース化されている。教員はそのとき向き合う作品だけを見て評価をするのではなく、学生のプロフィールや過去の作品をデータベースから呼び出して照らし合わせ、添削するのだという。
「特に初めて添削をする学生の作品と向き合うときには、過去にどんな作品をつくり、どのようにしてここにたどり着いたのか、それを知らなければ講評はできません。そのために参考にするのがこのデータベースですね」。 表現において学生がどのように変化や成長を遂げているかを知るためにも、このデータベースは重要な役割を果たしているという。
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描き方は教えない。モノのとらえ方を学ぶ
ムサビの通信教育を知る上で欠かせないものに、オリジナルの教科書がある。これは現役の作家や表現者である教員たちが、時間をかけて執筆した独自のものであり、彼らが実践していることや伝えたいこと、ムサビ通信の長い歴史の中で蓄積されたノウハウがこの中に詰まっている。学生たちはそれらの教材を基に自ら勉強し、提出する課題の制作に取り組むことになるが、直接の指導ができない通信教育で、対面授業に優るとも劣らないコミュニケーションを図ろうと、課題の設定にも工夫がなされている。

「もちろん完成された作品だけを見ても評価を下すことはできますが、美術教育の中ではその制作過程も注視しなければなりません。例えば静物画なら、モチーフを組み、構図の研究、形や色の研究をしてから本番のキャンバスに描き始めますよね。だから、ムサビの通信ではひとつの作品に対して『クロッキー』『デッサン』『油彩』のように段階を踏んだ3つの課題を与え、まとめて提出してもらいます」。 3つを並べて張り出すと、確かに制作過程が見えてくる。教員たちは3段階の課題すべてにコメントを書いて添削指導をしている。ただし、ここで指導するというのは決して技術的なことではない、と三浦教授。
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茶碗をつるんとした陶器と見るか、お茶の入れ物とみるか
「入学相談会などでも『入学したら絵が上手になるのでしょうか?』という質問はよく出てきます。実際のところ、ムサビの課題制作で“描き方”や“技法”を指導したり、誰もが同じように描ける方法論を教えたりすることはあまりないのです。なぜなら、一人ひとりの“物の見方”と“造形の考え方”を最も大切にしているからです。例えば、ここにお茶碗があるとしますよね。茶碗ひとつを描くにしても、ただお茶をいれる道具として見る人もいれば、陶器であることに注目する人、つるんとした質感を描く人、硬い触感を描く人、あるいはそこに描かれた柄に興味を持って描く人もいるかもしれません。ひとつの物の見方にも、個性やオリジナリティが生まれてくるのです。自分なりの物の見方、考え方を課題の中から引き出し、さらに添削コメントでもその部分に深く触れるように心がけていますね」。
美術とは正解のない世界。添削コメントにおいても、教員たちは学生に対して「こうしなさい」「これが正しいのです」などと手法や考え方を強要する指導はしないという。教員たちは知恵を絞り、その学生に合った物の見方や考え方へ導いていく。見方・考え方が身につけば、それに合わせた描き方が自然と生まれてくるのだという。そして、大学教育においては人間形成も重要な要素である、と三浦教授は語る。

「ムサビでは美術を通した人間形成を大事にしています。絵を描くというのは自己表現ですから、自分の内面を表に出していかなければならない。出すからにはその内面を鍛えなければならないわけです。そして、内面を鍛えることによって作品も向上するし、作品をつくり続けることによって内面も向上していく。それこそが、絵を描くことの最大の理由であると私は思っています。絵を描くことの楽しさ、そして描き続けていく喜びを学生たちに知ってもらう、そこに私たちの目標を置いています」。
編集部の視点
ひとつの作品に、2時間以上をかけて添削コメントを書きあげる教員たち。じっくり腰を据えて作品一つひとつを添削するその姿には、表現者として作品に向かう真摯な情熱にあふれており、作品を介して学生と教員の濃密な対話が行われていることを感じた。「通学課程で学ぶ学生たちの作品に対するよりも、時間とパワーをかけているのかもしれません」という三浦教授の言葉は特に印象的だ。ムサビ通信の学生と教員の距離の近さを感じた。
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