第4回ビジネスパーソンのためのリカレント教育活用ストーリー

エンジニア×ビジネススクール編

異分野からのエンジニア転職。縮まらない技術力の差に悩む

写真:苅谷礼都さん
苅谷礼都さん(グロービス経営大学院修了)
工学部応用化学科を卒業後、お線香の会社で新製品の開発業務に携わり、その後家電メーカーで携帯電話のカメラや小型プロジェクターなど光学系プロセスエンジニアに。グロービス経営大学院在学中に自動車部品メーカーに転職。車載カメラモジュールの開発を上流から手掛ける。

大学では化学を学び、お線香の会社に就職した後、2007年にカメラ付き携帯電話などを作るメーカーに転職、プロセス開発から量産導入までを担当していました。ところがリーマン・ショック後、事業に停滞感が出てきて、いつまで経っても後輩が入社してこない中、焦りを感じるようになったんです。全く違う分野から転職した分、先輩たちとは技術力で差があるうえ、それが全く縮まらない。それなら、自分が先頭に立てることを別に探すべきなのでは?と思い始めました。

同時にその頃感じていたのが、「自分たちはよいものを作っているはずなのに売れにくく、他メーカーの商品が売れるのはなぜだろう?」ということでした。その答えが見つかるかもしれないと参加してみたのが、グロービス経営大学院の体験クラス。そして、わずか1時間のマーケティングのクラスで、自分の視野の狭さを痛感しました。それまでは「マーケティングは文系の人がやること」と思っていましたが、「こういう視点や考え方をエンジニアが誰も持っていないのはまずいのでは?」と感じたのです。

考えてみれば、私の会社は機能別に分けられたグループ会社の一つで、担当範囲は設計から製造まで。マーケティングや販売の部門がそもそもありません。それなら自分がこの知識を身につけることで、先輩技術者たちとの差別化もできるのでは?と思ようになり、まずは1科目から受講できる単科生として学び始めました。

ところが、その間にさらに事業整理が続き、会社自体がなくなるかもしれない不安を感じていた矢先、成長戦略に転じた会社の研修で偶然、グロービスの研修が行われることに。会社も自分と同じことを考えていたと感じ、「波が来た!」と思い切って、本科生としてグロービス経営大学院に入学することを決めたのです。

難しい意思決定を本気で考える授業で、自分の本分=エンジニアと自覚

大学院には自費で通いました。また、直属の上司以外には通学していることを特に伝えないままだったので、時間のやりくりは大変でした。昼休みはデスクでおにぎりを食べながら、ひたすらケースを読んでいたりして、周りからは「あの子は何やっているの?」と思われていたかもしれません。

単科生と本科生で異なる点の一つは、グロービス独自の「志」系と呼ばれる科目を受講できるかどうか。これらの科目では、「倫理的にはその選択が正しい方とわかっていても、人は素直にその道を選べるのか?」といったことを真剣に考えます。たとえば、ある食品メーカーで長年採用してきた製造方法が、法律の改正により使えなくなっていることに気が付かず製造を続けていた。品質には全く問題がないことはわかっているが、在庫が大量にある。この状況下で、「あなたなら、この問題にどう向き合うか?」を問われるのです。私は、同じ製造業に携わる者としてとても悩みました。こういった追い詰められる経験を重ねると、自分の価値観が揺さぶられます。業務の中では経験したことのない感覚でした。

そして、こうした経験を通して分かったのは、私の最終的な判断の基準はあくまで「技術」にあるということでした。「自分の本分は、エンジニアなんだ」と再確認できたのは、こうした経験のおかげかもしれません。

ちなみに、エンジニアがビジネススクールで学ぶ上で有利だと感じたのは、数字やグラフに強い点です。グラフは案外「嘘をつく」ので見るときには注意が必要なのですが、みんなけっこう騙されるんですよね(笑)。全く意識していませんでしたが、こうした自分の強みを知れたのは、さまざまなバックグラウンドを持つ人とともに学んだおかげです。私が通っていた名古屋校には、中小企業の経営者も多く、たとえば「経営者が従業員を一人採用するとき、その人の人生に対して生まれる責任にどれほどのプレッシャーを感じているか」ということなど、これまで考えもしなかった問題意識を得ることができました。

「自分が先頭に立てる」場を、自ら見つけ出すことができた

写真:苅谷礼都さん

結局、在学中に転職することになるのですが、きっかけは新規事業を企画しようと、市場調査のつもりで出向いた転職フェアでした。なぜ転職フェアかというと、人材を募集する場なら、どの業界がどんな分野に投資しようとしているかが分かると考えたのです。

企業のブースを見て回る中で気づいたのは、「自動車業界が今後カメラ技術を必要としている」ということでした。当時携わっていた携帯電話のカメラ分野は、もはや成熟産業であり新しい投資は望めそうもない。でも、同じカメラでも自動車に搭載するものについては、まさに成長産業であり、多くの技術者を必要としている。新しく人を集めているということは、もし今参加したとしても、自分よりキャリアの長い人はあまりいないはず。この分野でなら、引け目を感じずに働けるかもしれない、長年の悩みが解消するのでは考えたのです。そういう「潮目を見る力」もまた、大学院で鍛えられた力のひとつです。

現在は、自動車部品メーカーで、自動車の周囲を「見る」カメラの設計や開発を行っています。前職では、お客様=親会社であり、いわば言われた通りにモノをつくるのが仕事。設計から製造だけを担うため、ビジネスの全体像はあまり見えていませんでした。今の会社は、経営管理から製造、アフターサービスまで関わるため、世界中の自動車メーカーやサプライヤーと直接話ができ、自分の考えを反映させることができます。自分が先頭に立てている実感も持てるようになりました。

今後は、40歳くらいまでにマネジメントに移り、先々は経営にも携わってみたいと思っています。大学院を出てそのまま研究室に入ったエンジニアが多い今の環境で、私のように製造ラインの現場でキャリアを詰んできた人間は変わり種。そんな自分だからこそ、できることもあると思うのです。

もう一つの目標は「倒れない」こと。エンジニアでMBAホルダー、そして女性という組み合わせは、まだまだ少数派。あとに続く人のためにも、自分が頑張らなくてはと思っています。

教員から

MBAは経営者だけのものにあらず。誰もが「使える」知識を身につけられる

写真:田久保善彦教授MBAで学ぶことは、経営者には最低限必要なことですが、たとえ、経営者にならなくても、すべてのビジネスパーソンが学ぶべきだと思います。「自分の携わっている仕事の意味や価値を理解できる」、「自分の所属する企業や組織の価値を理解できる」、そして、「自分の人生の経営者になれる」こともまた大きな効用であり、苅谷さんの場合はまさにそういう活かし方をされていると思います。苅谷さんが触れていたグロービスの「志」系の科目では、自分が大切にしている価値観について理解を深め、その上で、自分が人生を懸けて取り組むテーマ、まさに「志」を明らかにしていきます。自らの価値観や志を明確にすることは、経営者でなくても、必ず武器になりますし、豊かな人生につながると思います。

経営を学ぶのに文系、理系は関係ありません。大切なのは苅谷さんのように、好奇心があり、ビジネススクールで学んだ内容を実務に結び付けようとすること。普段から学んだことを意識して「こうかな?ああかな?」と仕事で試してみることで「実践力」は磨かれるのです。

また、理系には特有の強みがあると思います。たとえば、エンジニアは「ビジネスについては何も知らない」と言いながら、素直に学びに取り組む方が多い。また、経営に必要な数字にも強く、卒業論文、修士論文などを書いた経験もあって論理的思考のベースがあるのも強みです。私も工学系の出身者として、もっと多くのエンジニアに経営を学んでほしいですね。


田久保善彦さん

グロービス経営大学院経営研究科研究科長。慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ほかベンチャー企業社外取締役、顧問等を務める。

学問分野変更

  • 通信制