第7回ビジネスパーソンのためのリカレント教育活用ストーリー

政策立案×プロフェッショナルスクール編

政策の意図が伝わらないもどかしさからコミュニケーションに関心を持つ

写真:山口健太郎さん
山口健太郎さん(大手総合シンクタンク勤務)
工学系の大学院を修了後、省庁や自治体向けのコンサルティング業務に従事する中で、国や専門家と市民とのミスコミュニケーションの問題に直面し、それを解決する手法を学ぼうと決意。2019年4月、社会情報大学院大学に入学。修了後は各省庁の政策提案を行いながら、社内の新規事業プロジェクトのサブリーダー等も務める。

私の仕事は主に官庁向けのコンサルティングですが、とくに東日本大震災以降、専門家と市民とのミスコミュニケーションを感じていました。たとえば「南海トラフ大地震の被害想定○万人」という数字の公表には本来、被害を減らすための対策をどのようにすればよいかという社会的議論を呼び起こしたいという意図があるものですが、実際には数字だけが独り歩きしてしまいます。そうなると市民は「怖い」という印象を持つだけで何も思考できず、政策に役立つ議論も起こりません。そもそも国や専門家が、それらの情報提供の意図を社会に伝えようとしていないことにも大きな問題があります。こうした経験から、伝え方やコミュニケーションについて学びたいと思うようになったのです。

最初に考えたのは、これをテーマに大学で博士号を取ることでした。一緒に仕事をする相手には大学の先生も多く、まずはこの方たちと同じ目線に立てなければならないという思いもありました。しかし、働きながら5年かけて取得した博士号に、あまり納得はできませんでした。在籍したのは国立大学の工学系博士課程で、その中でコミュニケーションというテーマを扱うのがやや強引だったということもあると思います。とはいえ博士号取得といえばもう学びのゴール。もうできることはないのだろうか?と思っていた矢先、たまたま社会情報大学院大学の看板を見かけ、広報・情報研究科で「広報を学ぶ」という特色に強く惹かれてすぐに入学を決意しました。「思い立ったが吉日」ですね(笑)。

※2022年4月から校名を社会構想大学院大学に、研究科名をコミュニケーションデザイン研究科に変更予定。

様々な立場の社会人と、仕事とは違う立場で意見を交わすことで学びが深まる

専門職大学院で学ぶのは初めてでしたが、アカデミックな大学とは違うワクワク感がありました。学生も、若い人、文系の人、メディアの人、美容業界の人、そして企業の広報担当者と、自分が普段接している官公庁の人や学術畑の人とは全く違う人たちばかり。最初は世界が違いすぎて、うまく話が通じず戸惑ったこともありましたが、「まずはしっかり話を聞く」ことを意識するうちに寛容性が増したというか(笑)、2年目にもなると、会社とは全く違う話題や視点が出てくることが逆に心地よくなっていました。

先生については、仕事の場では競合にあたるような実務家の先生方がオープンにいろいろ話してくださったのが興味深く、「他社ではこう考えるのか」と勉強になりました。国の機関にいらっしゃった先生との「公共」の捉え方の違いを実感したこともあります。もしこれが仕事の場なら、「受注者」側である私はお客様側の意見を受け入れざるを得なかったかもしれませんが、そういう方ともフラットに意見を交わすこともができるのも、専門職大学院だからこそですね。

当初は専門職大学院について「専門学校の大学院」というようなイメージを持っていて、どちらかというと「スキルを身につける」場なのかと思っていたのですが、実際に学んでみると、もっと上流の学びが多いことに驚きました。たとえば、2年目に副ゼミとして選んだ橋本先生の授業では、公共政策について理論的な観点から学ぶのですが、政策を社会学の切り口から眺めたことがなかったので新鮮でした。主ゼミでも社会学のゼミを取ったので、結果的にも、「スキルを身につける」よりもかなりアカデミックな学びを選択したほうだと思います。

通学ペースとしては、頑張りすぎず、2年間をかけて必要な単位数をそろえるという前提で、土日を含めて週3日程度までに抑えました。仕事ではプロジェクトマネージャーの立場にあり、いざというときに備えて余力を残しておく必要があったんですね。本当はもっと受講したい科目もあったのですが、履修科目を厳選せざるを得なかったのは心残りです。

社会人の集う大学院はビジョンについて語り合う場であり、寛容性を鍛える場でもある

写真:山口健太郎さん

大学院での学びが仕事で役立ったといえば、授業で学んだフレームをそのままお客様へのプロポーザルに使って採用されたということがあります。それまで、私の提案書作成は「我流」だったのですが、より論理だった手法を取り入れることでより整理して伝えることができたのではないかと思います。

また、最近は政策の現場でも「ビジョン」を示す必要性が増していますが、自分もそうしたことの一端を語れるようになったという手応えがあります。社会情報大学院大学での学びは社会学と経済学がベースになっていますが、社会学というのは「社会についてなんとか語ろうとする」学問。100年前の社会学者が現代を言い当てていたりもします。今まで、身の回りはほとんどが理系という中で社会学の価値をよくわからずにいましたが、今はAIなど最先端の分野の人のほうがものごとを社会学的に見たりしている時代です。自分も社会学をベースに、そういう人たちの思考についていけるようになったと感じています。

とはいえ私自身も、コミュニケーションについて、研究すればするほどその難しさを感じるようになりました。入学時に提出した研究計画書とその後の研究も、結果的に全く違うものになっています。当初は「科学技術の伝え方」について、何か効率的な方法はないか?と考えていたのですが、今思えば「伝え方」は本質ではない。「難しいことを簡単に伝えよう」と考えるから表面的になるのであって、「そもそもなぜ難しいことをわざわざ伝えなければならないのか」と考えることから、「公共コミュニケーションのあり方」というテーマにたどり着きましたが、結局「コミュニケーションの効率化」はできないと今は感じています。

それでも専門職大学院に価値があると思うのは、それが「18時以降の世界」だからです。平日の昼間と違って夜や週末には、社会人は「個人」に戻ります。会社における立場を離れた時間だからこそ、ものごとをフラットに見たり聞いたりできる。この時間はいわば、会社の看板をおろして「ビジョン」について語り合える、心が開かれた瞬間です。話し慣れない人と話す以上、寛容性を求められますが、それを継続的にトレーニングする場にもなります。多くの人が会社を出てこうした場に参加することで、社会もよくなっていくのではないかと今は思っています。

教員から

自分を変えながら学ぶことが、仕事と学びを行き来する意義を高めます

写真:橋本純次さん 山口さんの研究テーマである「公共コミュニケーション」は民間、市井にさまざまな関係者がいます。その意味で山口さんも、多様な立場の学生が入り交じるゼミから多くを学んだと思います。何かあるたびにゼミ仲間にどう思うかを聞き、研究に還元していましたが、そうやって柔軟に考え方を変える姿勢こそが、仕事と学びを行き来しながら生きるという、リカレント教育本来の効果を上げるのです。授業では、広報に関するさまざまな手法ももちろん扱いますが、たとえば「Facebookでコンバージョンを獲得する広告とはどのようなものか」というようなテクニック以上に、「そもそもオンラインのコミュニケーションとは」といったより本質的な部分に重きをおいているのも、そうすることで未知の事象について自分自身で考えるための思考の柔軟性を提供できると考えるからです。

広報は学問分野としては新しいだけに、たとえば会計などと異なり、何を教えたら教えたことになるのかが難しい分野。私達も随時カリキュラムの改善を重ねています。2022年度からは名称も社会情報大学院大学から社会構想大学院大学と変更し、研究科名もコミュニケーションデザイン研究科(現在:広報・情報研究科)と変更します。より多くの方に「自分にも関係のある分野」として興味を持っていただけることを願っています。


橋本純次さん

東北大学公共政策大学院、Goldsmiths, University of London、東北大学大学院情報科学研究科で学び、2019年に社会情報大学院大学助教、2020年度より同専任講師。博士(学術)。オーディエンスやメディア企業の実情を質的に検証し、それに基づく具体的なコミュニケーション戦略や放送政策のあり方を提言している。専門分野はメディア研究/メディア制度(放送政策)/リスク・コミュニケーション

ビジネスパーソンのための【職種別】リカレント教育活用ストーリー

学問分野変更

  • 通信制